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<<   作成日時 : 2007/05/05 23:20   >>

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 昨日(5月4日)は、『昭和』に行ってきた。別に、タイムマシーンで20年ほど昔に遡ったのではなく、JR鶴見線の『昭和駅』に行ってきただけの話(笑)。何故かと言えば、それは映画の舞台になったところだから。

 その映画とは、『プロパガンダ』。1984年に公開されたYMOの散開を記念した記録映画。前年の暮れに行われた“散開ツアー”の模様を中心に撮られた映画である。その冒頭のシーンで、この昭和駅が出て来る。

 平塚から東海道線で横浜、そして、京浜東北線で鶴見へと向かった。ここから鶴見線、…だが、本数は少ない。元々、この地帯の会社への通勤路線なので、平日の朝と夕には本数がそれなりにあるが、昼間や休日はグッと本数が減る(もっと大元は、貨物線)。鶴見駅で20分ほど待たされたが、その間に鶴見線の鶴見駅を写真に収めた。折り返しの駅である為、『櫛型ホーム』になっている。まあ、櫛形と呼ぶには歯の数がかなり少ないが(苦笑)。

 車内は、明らかに「近所で用事を済ませてきた人」が乗っていた。通勤以外では、地元の足と言う側面もありそうだ。「通勤以外に使う人は居ない」と思い込んでいた私には、「意外と乗っているな」であった。それでも、車内は空いていたし、静かだったが。

 鶴見から昭和までは、凡そ20分。駅の間隔も近い。アッと言う間、ではなかったが、それでも直ぐに昭和に着いた。この駅が昭和と言うのは、すぐ隣に昭和電工の工場があるから。別に、昭和元年に作られたから、等ではない。…と、調べて知った(笑)。工業地帯を走る路線であるから、駅名も、近くにある会社や関係のある人の名から取ったものが多いそうだ。鶴見の次の『国道』は、国道15号線の上にあるからだが、『鶴見小野』は地元の大地主の小野信行氏、『浅野』は鶴見臨港鉄道の創設者である浅野総一郎氏、『安善』は同じく鶴見臨港鉄道の創始者である安田善次郎氏、『武蔵白石』は日本鋼管の創始者、白石元次郎氏に因んでいる。更に、終点の『扇町』も浅野氏の家紋である扇に因んでいるそうだ。会社から取ったのは、どうも、昭和ぐらいらしい。

 休日の昭和駅だから、人影はない。1人2人と「休日出勤」らしい人も居たが、全体が「休み」と言う雰囲気にはなっていた。とりあえず、駅を出て駅舎を撮る。国鉄からJRに変わった事、簡易Suica改札機がある事、以外は映画で見たそれと大きく変わったところはない。ホームの椅子も壁に取り付けられた木の長椅子だし、駅舎も木造のまま。実に古臭い感じのする駅である。

 改札を出てすぐ右に昭和電工の工場の入口がある。駅舎を撮っている時に、「こっちにカメラは向けないでね」と注意される。意外と機密保持にうるさい様だ。まあ、良い事だけど。左には踏切があり、その先に道がある。映画で和田求由氏(わだ・もとよし、当時は少年)が踏み切りを渡っていくので、私も行ってみた。今でも、昭和電工の生協の店舗がある。勿論、今日は閉めていたが、これには驚いた。看板こそ変わっているが、映画でもこの生協はちょこっと映っている。まあ、本体である昭和電工の工場がそこにあれば生協を閉める理由が無いから、驚く方がおかしいのだが、それでも、四半世紀も昔の映画に映っていたものが今でもそこにあればそれなりに驚く。

 踏み切りを渡って、大通りに出た。バス停がある。川崎市営バスと臨港バスが路線を設けていると思う。川崎駅で『扇町』行きのバスを何度も見た事があるから。北(西)へ向かうと、隣の駅、浜川崎に行けるとは思うが、次の折り返しが来るまで、適当に駅周辺“のみ”を散策した。

 周りには工場しかないので、特に目を引くものは無い。海に近いと言う事もあって、運河の様なものはあるが、別に“仕事用の運河”と言う感じで、趣も何も無い。とりあえず、昭和駅がカーブの途中にあるので、それが分かりやすそうな位置で写真に収めた。同じ位置から昭和電工の工場の方を見ると、それっぽい建物がある。いきなり、“それっぽい”と言っても分からないな(苦笑)。『プロパガンダ』には、近くの工場の中の建物と思われるものも映っており、それに似た建物を見掛けた。当然、それも写真に収めた。

 …で、ここでの用事は済んでしまったので、ボンヤリと折り返しの来るのを待って鶴見へと戻った。そして、横浜へと向かって、適当に“ウインドウショッピング”をして帰宅した。写真とは別に、録音もしてきた。昭和駅そのものは録らなかったが、鶴見線は録ってきた。一応、行きの一部分と帰りの全部。その中から、鶴見駅の様子と鶴見線の武蔵白石から浅野までを上げておく。

【鶴見駅:鶴見線ホーム】



【鶴見線:武蔵白石‐浅野間】




【補足の蛇足】
 結果として、以前、ここにも書いた浅野駅を通過した。昭和駅が昭和電工(旧昭和肥料)から名を付けた駅と聞いたから、「じゃあ、浅野は浅野セメントか?」と思って調べると、浅野総一郎氏に因んだものであった。尤も、浅野駅の近くには浅野セメントが無いが(苦笑)。

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