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<<   作成日時 : 2007/12/10 21:44   >>

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 とり急ぐ事は無かったのだけれど、取り急ぎ書いた“聖地巡礼”の話。改めて、ゆっくりと…。

 「急に思い立って」と書いたが、根岸競馬場へ行きたい、と考えたのは10月下旬の事だった。何がきっかけだったのかは忘れたが、『プロパガンダ』のロケ地の1つとして根岸競馬場の名前を知った。横浜市の根岸ならそう遠くは無いから行ってみるか、とは考えていた。が、中々、腰が重くて行かないでいた。それが、12月の上旬になって「まあ、行ってみるか、天気も良いし…」と思い立った。プロパガンダのロケ地は、根岸競馬場と昭和駅の他に、江の島水族館(当時だと旧)、鴨川フラワーセンター、三船プロ、平砂浦海岸(千葉県館山市にある海岸)、浜松町(世界貿易センタービル、東京電力発電所)、中野刑務所とある。この内の神奈川県にある場所へ行って来た事になる。

 日曜日の昼になって、「天気も良いし、前々から考えていた事だから、『ブログのネタ』と言う事で行ってくるか」と思い、家を出た。そして、現地に着いたのが午後2時手前。やはり、1時間30分程度で着いた。まあ、これは根岸駅から素直にバスを利用したからだが…(笑)。歩いても行けそうな気はしたが、土地勘の無い所だから、「迷うよりは、多少の金を使って現場に着いた方が良い」と判断した。時刻表を見ると、そんなに待つ事も無かったのも大きかったのだけど。

 バスだと、10分程度で着く。ただ、曲がりくねった上り坂を登ってきたので、「嗚呼、バスを選んで良かった…」とは思った。さて、横浜市営バスの『旭台』のバス停を下りると、根岸森林公園用の駐車場に出る。適当な台数分が確保されているので、結構な利用者があると思われる。その駐車場の脇の歩道を歩いていくと、山の向こうに三本の塔の様なものが見える。これが、根岸競馬場の一等観覧席跡(横浜競馬場の一等馬見所跡)。直線距離にして500mも無いと思われるが、山の向こうに見えるので遠くには感じた。更には、珍しく場内案内図みたいなものを見ないで、真っ直ぐと塔に向かって歩いていってしまい、道を間違えたから、余計に遠くに感じた(苦笑)。

 森林公園の周回道路を歩いて、北側の方から現地に着いた。ネットで調べて話は知っていたが、この観覧席跡と根岸森林公園の間には米軍の施設がある。私が公園側から出た場所は、この施設の裏門の前だった。多分、観覧席を撮っていたのだと思うが、カメラを裏門に向けた途端、「撮らないで」と兵士の声が掛かった。「何だ、撮れないのか」、「(撮影させないのは)普通じゃないね」と文句を言いながら、その場を去っていった。私は、昭和駅の時に昭和電工の警備員から「こっち(=昭和電工)にカメラは向けないでね」と言われていたので、「民間企業でもそれなりに警備しているのだから、軍関係じゃあ、もっと厳しいだろうよ」と思いながら、その脇を抜け、観覧席の裏側に行った。

 競馬場自体に行った事が無いから何とも言えないが、この観覧席は高い。3本の塔の様に見える部分は、エレベーターが入っていると言う。地上5階か6階分の高さ。米軍施設側にある根岸森林公園が競馬場の馬場で、公園は窪んだ感じになっているので、本当に上から見下ろす感じになるだろう。建物自体は、やはり、古い。ただ、趣があると言うよりは、残っている、と言う感じ。まあ、ほったらかしにされていたと言うから、この辺は致し方ないところか。私の居た裏側にも広場があるのだが、そこは急激に下っている。上げた写真を見てもらえば分かるが、全体を撮るのには苦労した。結局、横構図で全体を撮るにはあれしかなく、縦構図は3本の塔の内の1つ、或いは、2つを見上げる様に入れるしかなかった。…と、普通のカメラを持っていったのでは、結構、苦労するほど大きな建造物である。こんな大きなものが、戦災を乗り越え、70年以上も残っているのだから、昔の人は、余程、“良い仕事”をしていたに違いない。そんなところには素直に感心する。

 中には入れないので、「彼等の踏んだ場所を…」は出来ない。ただ、印象的な「ワイングラスの落ちるアングル」は見てみた。まあ、これも、厳密には策の中に入らないと出来ない事だけど…。帰ってきてから確認しなおしたが、彼等が登場してきた場所は見事なまでに様変わりしている。1988年(昭和63年)に二等馬見所と下見所(パドック)が、耐震性の低さを理由に解体されたと言うから、3人がサイドカーを迎える時に見える建物はもう無い。更に、彼等は駐車場の様な場所に居るのだが、その辺りも綺麗な公園に変わっている。ただ、一等馬見所のみが残っているだけ。家に戻ってきてから、「時の流れ」を感じた。良く見てみると、周りの丘陵の感じや建物の感じは変わっていなかったのだけれど…。

 こんなところが、『行ってきました』記、のようなもの。それにしても、大きな建物で、大きな公園だった。まあ、競馬場として考えると大きい方ではないのかもしれないけど(笑)。因みに、今の根岸森林公園が当時の競馬場の形状をほぼそのまま残しているとすると、結構、起伏が激しい。それこそ、本場、ヨーロッパの競馬場なんて行った事は無いのだけれど、あちらも起伏が激しいと聞いているから、それを模倣しているのかな?

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